「ありがとう」という言葉が、こんなに嬉しい言葉だったなんて

来年の目標は、「人に喜ばれる生き方をしない」である。
とはいっても、フライング気味な性格なので、すでに少しずつ始めてる(笑)

ここ最近でいえば、有料記事を書いたことだけれど、SNSをやっているから読者のメッセージをもらうこともあり、「ありがとうございます」という言葉も頂ける。

今までも、もちろん、そういった言葉は何度も掛けてもらっているけれど、誰でも触れられる環境っていうのは、ついつい守りに入ってしまいがちになり、「こんなこと言ったら食いつかれるかな」「こんなこと言ったら傷つく人がいるかな」と考えてしまって、文章を濁してしまったりする。

不特定多数の人間が見ることができ、批評できる環境っていうのは、そういう恐れがある。

文字だけで伝えるには限界があるけれど、ちゃんと、僕のことを知ろうとしてくれて、色んな記事に目を通してくれている人ならば、言葉にして上手く伝えれなかったこと、一般的なその言葉の意味ではなく、僕の中のニュアンスで伝えていることを理解してくれるけど、たまたま舞い込んできた記事ひとつだけに目を通して、たいした理解もせず、たいして僕のことも知らず、自分の中の国語辞典で言葉の意味を判断し、批判してくるものも多数いる。

有料の良いところは、そんな人間を省けるというところだ。

タダで読めるものなら、なんとなくクリックしてしまうけれど、お金が掛かるとなると人は慎重になる。

他にどんな記事を書いてるのか?どんな人物なのか?

そういうことを、ちゃんと知ろうとする。

そんな人が読んでくれる記事だと思うから、こちらも余計な守りに入らなくて済む。
今はなんでも、「不謹慎だ」「差別だ」と言われてしまう時代。

だけど、そんな発言、友達同士の前じゃしているでしょ?

友達なら、その人柄に理解があるから、その発言が誰かを傷つけようと思ったことじゃないってのが分かるから、別に気にしない。

フリーになる前は、「売れる」ことがメインになって、「こうしたら、みんな喜ぶんでしょ?」って方法を取っていた。
会社というものは、ビジネスというものは、そういうものだと思っていた。

それが、フリーになって、自分の好きなように生きられるようになって、少しずつその呪縛を解いていき、自分が正しいと思う表現をするようにしたわけ。

そうしたら、それでも僕を認めてくれる人が現れて、少なからずだけれどお金ももらえる。
生活は楽にならないけれど、心はどんどん豊かになっていった。

音楽教室を経営していてもそう、ライブをしていてもそう、生徒やお客さんにお金を払ってもらった上で、さらに「ありがとう」と感謝されることほど嬉しいことはない。

ギターを習いに来て、役に立たなければ辞めればいい。
ライブに来て、楽しめなければ、もう来なければいい。

「自分が正しい」と思ってやっていることを、認めてもらえたから、それだけ「ありがとう」という言葉が輝いて見えるわけだ。

「こういうの好きなんでしょ?」「こうしてほしいんでしょ?」と考えてもらった「ありがとう」じゃ、こんな喜びは感じられない。

自分もかつてそうだったし、今も多くの人達がそうだと思う。
お金をもらっても、心が満たされない人は多い。
だから、自分の心を満たすために、そのお金を毎日使って生きるのだ。

生活が豊かになれば、心も豊かになる。

昔は、そう考えていきていた。
お金を価値尺度にして、モノを考えればみんなそういう発想になるだろう。

でも、実際は逆で、心が豊かになれば、生活も豊かになるのだ。

お金を稼いで、美味しいものを食べて、好きな服を来て、豊かな生活を送ること。

一文無しになっても居候させてくれる、それくらい自分のことを大切に想ってくれる友達を持つこと。

どちらもあれば最高だけれど、どちらかひとつしか選べないなら、僕は後者がいいな。

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