「なぜバンドマンは彼女や結婚を隠すのか?」を受けての私的コラム

結婚や彼女については、ファンを意識しての対応だという話をしたけれど、僕個人の価値観としては、ファンがアーティストに恋をしたり友達になってもいいし、その逆もいいし、ファンが打ち上げに参加してもいいと思ってる。

だけど、バンドとなったらまた別で個人の価値観では動けないのに、そういったことを個人の価値観で勝手に行動するのはどうかと思う。
個人についているファンとは別に他のメンバーについてるファンやバンド全体についているファンもいるわけだし、その人達がどう思うかも意識しなければならない。

僕も自身のバンドは休止して、なので自分の価値観で動けるようになったのだけれど、例えばレッスンをしていたり、過去にchoroさんレンタルというものもしていたりして、そういう場にはファンの人も来たりするのだけれど、価値観が合わない人にはこちらから辞めてもらうし、勝手に相手から離れてく場合もある。

もちろんファンは失っていくことになるけれど、「ファンはアーティストの鏡」だからそういうファンをつけてしまったのも自分の責任だし、だけどそれが自分の掲げる信念とずれるなら、離れていってもらって結構だ。

ファンとアーティストの恋についても、「好きになっちゃったらしょうがないじゃない」とも思うし、だけどそれでアーティスト活動を阻害したり、そのアーティストが別の相手と恋を実らせたことを応援できなかったり、「嫌だ」と言ってるのに分かってくれなかったり、そういうファンは嫌いだ。
打ち上げに参加することに対しても、そんなようなもの。
場を壊したりしないでくれれば、別にいい。

人間ってのは役割があって、例えば僕とあなたが親子という関係で生まれたなら、僕は親としてあなたに接しなければいけないし、あなたは子として僕と接しなければいけない。
僕とあなたが上司と部下だったら、僕は上司としてあなたに接し、あなたは部下として僕に接しなければいけない。

だけど、良好な関係というのは、もし生まれる年代や出会い方が違ったら、きっと友達になれていただろうなぁ、と感じる関係だと思う。

ファンとアーティストの関係もそうで、それは関係性としてお金を伴う関係であるけれど、もし出会い方が違っていたら、ただの友達として尊重し合って仲良くできていただろうなぁ、って思える関係が理想だ。

親子だからといって、ただ家を与えられ食わせてもらえるだけの関係は悲しい。
上司と部下だからといって、ただ指示を出し、仕事をこなすだけの関係は悲しい。
ファンとアーティストだからといって、お金を介さなければ何も残らない関係は悲しい。

ちょっと話は変わっちゃうんだけど、中学生くらいの時かな?
好きな子がいて、だけどその子は別の男と付き合っていて、僕はその男がなんだか気に食わなくて。
そいつは顔も良くて、運動もできて、だけど裏で悪いことやってるの知ってるし、他の女の子と仲良くしてるし、なのになんであの子はアイツが好きなんだろう?って。
僕のほうが、きっとあの子のこと好きだし、もっと大切にしてあげられるのにって。

だから、アイツの駄目なところをあの子にどうやって知らせよう?とか、あの子のためにどうやったらアイツと別れさせられるだろう?とか、そんな自分勝手で陰湿なことばかり考えていた。

それがある時、好きな子の幸せを素直に喜んであげられない自分、応援してあげられない自分、自分が好きな人の好きな男を罠に陥れようとしている自分がかっこ悪くなって、情けなくなって、「あぁ、オレとアイツの違いはこういうところなんだな」って、「あの子が僕に振り向いてくれなかったのは、こういうところだったんだな」って気づいた。

それから、そんな自分とサヨナラして、高校に入ってまた別の女の子を好きになった。
美人で可愛らしい子だったから、ライバルも多かったけど、僕はその子と恋を実らせることができた。
それで、改めて中学時代を思い出して、「アイツはオレより顔がいいから」「アイツはオレより運動ができるから」「だからあの子は振り向いてくれないんだ」と妬んでいたけれど、そういうことじゃなかったんだな、って思った。

なんだか、そんな昔の話を思い出したよ。

それから先も、我を失って、相手のことより自分本位で動いてしまうこともあったし、今ももしかしたらあるかもしれないけれど、そんなかっこ悪い男にはなりたくないなと常々思って生きている。

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