笑顔の奥に隠れるさみしさ

僕は容姿の美しい人は、心も美しいと思っている。
「美しい」という感覚は主観であって、つまり好みの問題であって、「コレが美しい」という概念は社会には存在しない。
個人個人に存在するだけだ。

笑顔が美しい人が好きで、人とはなんとも面白いのだけれど、さみしさを普段からさらけ出して生きている人っていうのは、顔にもさみしさが滲み出ていて、それは筋肉の関係なのか表情の関係なのか、シワの関係なのかはよくわからないけれど、なんだか僕はそう感じる。

で、いつも笑顔な人だって、さみしさは抱えているわけだけれど、さみしさを普段から隠して生きている人っていうのは、顔にもさみしさを見つけることができなくて、だけど、絶対に隠し持っているはずだから、なんとかそれを見てみたい、って魅力がある。

笑顔の輝く子っていうのは、涙する時も豪快で、僕はそれが美しいなぁ、って思う。
本人を目の前にそんなことは言えないけれど、笑顔が美しいわけじゃなくて、泣き顔が美しくないわけじゃなくて、笑顔が醜い人も、泣き顔が美しい人も、喜んだ顔が醜い人も、怒った顔が美しい人もいる。

美しさってのは、本来、何かと結びつく前の、それそのもののことなのだろうと思う。

スポンサーリンク

あなたにおすすめの記事