本当はファンのことが大好き

改まって言うと、ちょっと変な感じがするけれど、人前で活動していると色々ある。
一度、嫌なファン、苦手なファンに出会ってしまうと、他のファンのことも嫌いになってしまうわけだ。

それは、例えば昔、男の人にひどいことをされた経験があると、世の男性すべてが怖くなって男性不信になってしまうようなものだろう。
頭ではわかっているけれど、心が受け付けられない。

だから、それじゃいけないな、と思って、choroさんレンタルみたいなことをやってみたり、ギターのマンツーマンレッスンをやったりしてみるけれど、やっぱり嫌な人っていうのはいて、またファン不信に陥ってしまうわけだ。

だけど、ひとつ大きく学んだのは、売りたくない客には売る必要はないということだ。

「私的自治の原則」「契約自由の原則」というらしいのだけれど、
「契約とは、買い手が売り手に購入を申し込み、売り手側がそれを承諾したときに成立。売り手側に売る意思がない場合は、契約自由の原則から売却の意思表示をする必要ない」
ってやつ。

つまり、僕が「1000円で売ります」っていうのは「申し込みの誘引」で、お客さんが「それを買いたい」というのは「契約の申し込み」。
で、僕が「はい。売りましょう」というのが「申し込みの承諾」。
だけど、僕が相手に対して取引に値する価値を感じなかったら申し込みを承諾しなくてもよいということ。

実際、ひとりで動いている分にはまだいいんだけれど、「お客様が神様」と思って生きている社会において、なかなか取引を断ることは難しい。
相手を怒らせたり、悲しませたりするのは目に見えてるし、感情的になって何かされたり根に持たれたらそれこそ厄介だ。
だから、やんわりと相手に伝わるように振る舞わなきゃいけない。

これがバンドで動いていたり、事務所があったりするともっと大変で、自分ひとりの意志では決められないから、「お金払ってるのになんなの?」と言われると「は、はい」と泣き寝入りするしかない。
また、そういうファンほど毎回ライブに来て金払いが良かったりするから、バンドや事務所としては利益のあることだから、個人が痛みを我慢してその利益に貢献するしかない。

たぶん、多くのバンドマンがそうだと思うのだけれど、本当はもっとフラットにファンと仲良くしたり、コミュニケーションを取りたいと思っていると思う。
あくまで本業は音楽だという意識があれば、他のことは正直たいしてどうでもいいのだ。
音楽がない場では、「ただの一般人」なのだから。

たまたまライブ会場でファンと話が盛り上がって少し長く話してしまうこともあるし、SNSなどで他の人より多く返信してしまうこともある。
だけど、ごく一部の人が「どうしてファンに差をつけるの?」「私も同じように仲良くしてくれますか?」と言ってくるから、できる限りの配慮をするのだ。

そもそも、「ファンに差をつける」とか「〇さんは仲良く、△さんは少し距離を置いて」なんて想いはなく、平等に接しているつもりなのだけれど、平等の概念が個人の感覚的なもの。
だけど、「接する時間数を平等に」「発する言葉数を平等に」なんて求められてしまうから、コミュニケーションが怖くなってどんどん距離を置くようにしてしまう。

そんなわけで、僕はまだリハビリの途中なわけだけれど、ここ数カ月リハビリが順調にいっていて、「やっぱりみんないい人だなぁ。」と感じてる。

で、僕が嫌いなファンって、「どうしてファンに差をつけるの?」「私も同じように仲良くしてくれますか?」って言ってくるような人だから、わざわざそんな人に好かれる必要はなくて、無視して自分の平等の感覚で接していけばいいやって。
みんなのこと大好きでありたいし、そのためにいちいち嫌いな人に気を遣う時間を割きたくない。

多くの人に愛されるとか、有名になるとかが、一番の素晴らしさではない。
それは「お金はないよりあったほうがいい」みたいなもので、お金をたくさん持っているから素晴らしいわけではない。

それよりも、人生って素晴らしいと感じられる生き方をすることのほうが一番だ。

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