さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

先日、読んだ本。

僕は、レズでもなければゲイでもないので、自らこういった類の本に興味を持つことはないのだけれど、知人に紹介してもらったので読んでみました。

男には理解できない部分もあり、ましてや僕のように自由に生きている人間には体験できない感覚なのかもしれないけど、そうとはいえ、自分が10代、20代前半の時には、やっぱり同じようなことで苦しんでいたなぁ、とも思う。

つまり、みんなが当たり前に抱える思春期、青年期の悩みであると思うのだけれど、それが20代後半、30代、40代といつまでも続くようであれば、病的に感じてしまう。
そして現代、そんな人達が世の中に溢れているように感じている。

このマンガを読んでいて、特に印象に残った部分はココ。

「所属する何か」「毎日通う所」が無くなった事が無性に不安だった

 

「所属する何か」、「毎日通う所」=自分なのだと思っていた

 

私はバイト先に「何があっても私を認めてくれる居場所」である事を求めていたのだ

今の自分には、縁遠い話になってきたけれど、「家族」という場に所属し、「学校」という場に所属し、そんなふうにずっと何かに所属して生きて安心してきたわけだから、僕も東京に出てきてひとりで暮らすようになって、こんな不安を感じていたと思う。

それが、今度は「恋人」に依存するようになってしまったり、どっかのコミュニティに所属するようになってしまったり。
今、音楽活動をしていて、色んなファンの方と接する機会があるけれど、アーティストとの関係に「何があっても私を認めてくれる場所」を求めている人がけっこういるなぁ、と思う。

音楽に、「私を認めてくれる場所」を求めるのは別に構わないけれど、お金を払って会う関係に「何があっても」を求めるのは、ちょっと健全ではないと思う。

「誰でもいいから抱きしめてほしい」

 

みんな抱きしめてほしいんだよなぁと思った

 

それを求めていて、心身が傷ついたり性的なつながりの中でしか生きられなくなる人たちもいるのだ

 

元々は、ネットで公開された内容が爆発的に広がって、書籍化されたらしいのだけれど、pixiv閲覧数が480万を超えているらしく、それだけ多くの人達が同じような悩みを抱え、苦しんでいるのだなぁ、と。

「こっちの世界は楽だよ」と教えてあげられるのだけれど、みんな結局、自分の居場所から動こうとしない。
教えてもらったことを、自分のモノにするのではなく、教えてくれた人にまた依存してしまうのだ。

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