昔の思い出とサヨナラするべきなのか?

こんばんわ、ソフィストchoroです。
読者様から、こんなご質問いただきましたよ。

choroさんこんばんは!
おつかれさまです。

LINEトーク、面白い試みですね。 (ただいま1対1の個別トーク実施中です)
質問よろしいですか?

choroさんが、昔の思い出とさようならをしようとした時はありますか?
また、その時どう決断しましたか?

教えてもらえたらうれしいです。

思い出にサヨナラって今はしないかもなぁ。
もちろん、悲しい思い出だよね?
でも、大切な人との思い出だよね?

例えば、思い出の写真とか、もらったモノとか、僕は未練を断ち切るために捨てたりしないんだけど、それは何でかっていうと、未練があるから断ち切ろうとするんだと思うから。
当たり前といえば当たり前なんだけど、僕も過去にそう感じたり、誰かを見てそう感じたりして、なんだか空しくなってしまったというか。

「当時を捨てる」っていうのは、その過去に留まって先に進まずに生きているように感じてしまう。

たとえ相手と会えなかったとしても、頭では考えているもので、心の中では会っているもので、その当時とは違う向き合い方をする。
そうやって今の自分で、過去と向き合わなきゃいけないんだけど、思い出にサヨナラしてしまうとまたふと思い出した時に過去の自分のまま向き合ってしまうんだよね。

そんなわけで、たまに過去の話を持ち出してくる人がいるんだけれど、僕はもうその過去には生きていないから、どうにもならない。

思い出の出来事も、思い出の場所も、思い出の人も、思い出の品も、自分の感情があって「思い出」としているものだから、それが外れてしまえばただの出来事だし、ただの場所だし、ただの人だし、ただの品だ。

そうやって、「ただのモノ」になるまで自分は向き合っていくなぁ。
向き合っていくうちに、苦しんでいるのは当時の自分で、今の自分じゃないと気づいていくから。

ありがとう、では、また。
ソフィストchoroでした。

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