親孝行とは、今日も元気に生きること

本日は敬老の日。
なので、おじいちゃんやおばあちゃんのこと、親のことを考える。

僕の本名は「タカシ」といって、漢字で書くと「孝」になる。
「孝」には、「父母を敬い、よく仕える」という意味がある。

名は体を表すじゃないけど、実際そうはなってなくても、みんな自分の名前に使われている漢字には特別な感情や特別な意味を持っていると思う。
「どんな意味があるのか?どんな想いで付けられたのか?」を心に留めて生きているはずだ。

僕はそんなわけで、ずっと「親孝行しなきゃなぁ」「親孝行したいなぁ」と思って生きてきたわけだけれど、自分の生活で手一杯なバンドマン。
何か親にプレゼントしてあげることすらできない。

生きていると、身近な人が病気になったり、亡くなっていたりする。
そんな場面を、子である自分と親である父母が一緒に体験してきて、色んなことが分かってくる。

「病気してないかい?ちゃんと食べれるかい」と母が言う。
「元気にしてるか?頑張ってるか?」と父が言う。

ある時は、「あなたのような誰かを元気にしたり、幸せにする仕事は立派なことなんだから、母さんは誇らしいよ」と言ってくれた。

ついつい、親孝行というと「いつか親に家をプレゼントしたい」とか、何かお金をかけて恩返しをしたいと思ってしまうもの。
もちろん、それができたら最高だけれど、「今、元気に生きていること」「今、幸せに生きていること」「今、誰かを助け、誰かに愛されていること」、その今を続けていくことが親孝行なのだと思う。

いつかじゃなくて、今できる最大限のこと。
それを続けていくことが、きっと「いつか」にも繋がっている。

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