人の死がくれるもの

「あたしが死んだら、泣いてくれる?」
そんなことを、昔の恋人に言われたな、と。

まぁ、僕はそれくらい、人の死に対して疎い。

 

確か昨年、祖父が亡くなったのだけれど、やっぱり涙は出なかった。
僕は末っ子で、じいちゃん子だったから、とても可愛がってもらったし、とても大好きだったのだけど、涙は出なかった。

悲しくないというわけではないけれど、悲しいというわけでもない。
もう話せないというけれど、いつだって話せるでしょ?

と、みんな死んだ人と話しているものだと思っていた。

 

だけど、やっぱり触れることはできなくなるわけで、お別れに体を拭くわけだけれど、死んだ人の、それもお世話になった大好きな人の感触とは特別なもので、今でもその感触が手に残っている。

 

東京に戻ってきて、ギターを奏でたら、「あぁ、上手くなったな」と。

 

身内の死も、友人の死も、いくつか味わっているけれど、物質として離れていたものが自分の中に入ってくるという感覚だ。

「いつだって話せるでしょ?」と先程言ったけれど、僕の心の中にいつも眠っていて、いつだって取り出せる。
あぁ、愛しい人は、いずれ別れるんじゃなくて、いずれひとつになるんだな、と。

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