賢さとは、思いやり

明石家さんまさんが司会の「ホンマでっか!?TV」という番組で、「無意識に男性から避けられる人」を「今まで友人だった人への告白メール」を作ってもらって診断するというコーナーをやっていて、マツコ・デラックスさんの作ったメール内容が秀逸だった。

「ちょっと下らない話なんだけどね、
例えばよ、アタシがアナタのことを好きになったとして、
恋人として付き合うのって想像できるかしら?」

これがマツコ・デラックスさんのメール。

番組内でも、診断者の脳科学評論家の方が褒めていたけれど、「想像できるかしら?」という使い方。
これってさ、相手が求められてる答えが「想像できるかどうか?」なんだよね。

それを答えるだけだから、もらった側もそれが告白だと理解しても「できる、できない」で本音で答えやすいし、送った側もそれで脈があるかどうかが判断できる。

物事をきちんと正しく伝えながら、相手の重荷にならないコミュニケ―ションの仕方が取れていて、マツコさんってとても頭のいい人だなぁ、と思った。
賢さと、思いやりが同じ意味だってことが、なんとなく伝わっただろうか?

 

実際にこういう告白のような、言ってしまうとその後の関係に影響するメールって、相手がこのメールをもらってどういう気持ちになるかを考えて、思いやりを持って接すれば答えがどうであろうがきちんとその後の関係が上手くいく。

上のマツコさんのメールであれば、「好きか嫌いか?」を聞いたわけではないし、「付き合ってくれるかどうか?」を聞いたわけではないから、お互いその話を理解しながらもその話をしたことにはなってないのだ。

自分が得したいという気持ちが先行すると、なかなかこういう文面には辿り着けないのだけれど、本当に相手のことが好きで、相手のことを一番に思いやれることができていれば、別に勉強ができなくても、知識がなくても、自然とこういう文面に辿りつくはずだ。

 

「賢い」「頭がいい」という言葉は、「勉強ができる」「知識がある」というふうに捉えてしまいがちだけれど、できるだけ分かりやすい言葉に置き換えれば「知恵がある」だと思うし、やっぱり僕は「思いやり=賢さ」だと捉えたいな、と思う。

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