腰痛をスピリチュアル的に考える

ここのところ、腰の痛みと首の痛みに悩まされている。

ギタリストなど、楽器を背負うミュージシャンは腰痛持ちが多いのだが、別に他の職業の人だって腰痛持ちはけっこうな数いるだろう。

聞いた話によると、腰痛の85%は医学的には原因がわからないらしく、また日本人は腰痛持ちが最も多い人種だそうな。
そんなわけで、ちょっとスピリチュアル的に見ていこう。

そもそも、僕は昔から東洋思考なので、病気をしても病院には行かない。
骨が折れたりしたら、さすがに迷うかも分からないが、基本的には東洋医学の視点というか、心と病気を関係させる木火土金水的な考え方を正しいと思っている。

スピリチュアルな見解では、腰は上半身と下半身をつなぐ「支え」。
つまり、自分自身を上手く支えられていない時に腰痛が起こるのだそうな。

具体的に言葉にすると、「怒り」だったり「傲慢」だったり。

別に、怒りの感情が悪いというわけではない。
若い頃というのは、怒りの感情を抑えきれず言葉にしたり、行動にしてしまうものだ。
傲慢さにしても、経験豊富な年上の人間は扱えないし、奢っていればみんな離れていく。

歳を取ると、怒りの感情を外に出さないことを覚える。
もしくは、怒りの感情を自分自身も気づかないように隠してしまう人もあるだろう。
傲慢にしても、やはり押し殺した感情だ。
ついつい、歳を取った分だけ、利口になったと人は思ってしまいがちなものだ。

こういった感情を押し殺すという行為が、腰痛の原因だと考えると、確かに日本人に腰痛持ちが多いというのは納得できるなぁ、と思う。

僕に関して言えば、今年から音楽活動が活発になり、物理的にはギターを持ったり、エフェクターボードなど重い荷物を運んだり、実際腰に負担を掛けてはいるのだが、もしかしたら「怒り」「傲慢」があるのかもしれない。

僕の場合はまさに気づいてないから、「怒りを見ようとしない」という傾向だろう。
だけど、実際ステージに立つとなると、演奏以外のことに関しては他人に任せたくなったり、スタッフがいればなおさら、「それはスタッフの役目だろう」と感じて、そういった支えてくれる人の存在は軽視してしまう。
そういった方がいてくれるだけで、本来、ありがたいことなのだ。

傲慢にしても、ついつい自分ができることを他人ができないと見下してしまっているのかもしれない。
自分がその歳の頃、その頃のキャリアと比べれば、似たようなものもしくは僕のほうが劣ってたりするのに、同じ立場としてものを見てしまうことがある。

「腰が低い」とは、よく言ったもんだ。
腰が痛くなると、自然に腰が低い体勢になる。
腰痛は、それを教えてくれている。

 

僕は、「専門家」ではないので、あくまで僕の解釈でしかないのだが、「自分の心と会話させてくれる病という存在」に感謝して生きたいな、と思っている。

もし、病気や怪我をしたら、「どういう心の在り方がその結果を生んだのか?」という機会を作ってみると、あなたの生き方のヒントになるかもしれない。

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