幸せになるためには幸せにならなくてはいけない

もうここ1年くらい幸せって何なのか?ってことを考えていて、自分はどう在ることが幸せなのか?とか何に執着してるのか?とか、そんなことずっと考えてきた。

よく「今を生きなさい」とは色んな人が言うのだけれど、その意味が頭では理解できても、なかなか魂には入ってこなくて、過去に幸せを見出したり、未来に幸せを見出したり、そんなことを繰り返してきた。

だけれど、長く同じことを考えていると、ふとインスピレーションは湧いてくるもので、「あぁ、幸せになるためには、幸せにならなくてはいけないんだな」と、ふと魂の奥で感じられる瞬間が訪れた。
幸せを抱いて生きるから、過去も未来もオセロのように幸せにひっくり返るのだ。

自分は、承認欲求とお金に執着しているなぁ、とずっと思って生きてきたのだけれど、そうでもないんだなぁ、と。

「認められたい」と思って音楽をやってきたつもりだったし、実際音楽活動も浮き沈みがあって、評価されないところから始まって、評価されて、また評価されなくなって、人の流れは常に変わっていく。
だけど、周りの環境に関わらず、毎日音楽のことを考え、毎日ギターを弾いてきたんだなぁ、と。

お金に関しても、「お金があれば~できるのに」とか、そんなふうにずっと思って生きてたつもりだったのだけれど、実際のところ、せいぜい「来月電気が止まらなければいいなぁ」とか「病気しなければいいなぁ」くらいにしか思っていなくて、ここ数年公共料金は払えているし、病院も5年以上行ってない。

「なんとか暮らせてる」くらいだし、時間は豊富にあるから、バイトしてもいいのだけど、この歳で、この身なりで、その他色々考えるとそこまでお金に魅力はなく、好きな時に好きな人に会えて、好きな時に好きなことができる自由でストレスフリーな生活のほうが実は心地よく感じているわけだ。

執着だと思っていたのものが、執着じゃないと気づいて、パッと消えると一気に生き方が楽になる。
欲しいものリストに色々挙げてはいるんだけれど、あぁ、ここに幸せは転がっているんだなぁ、と。
自由に生きている分、ギリギリな生活だから、借金して買わなくちゃいけないわけだけれど、お金がないことはあまり幸せ不幸せには関係なく、毎日楽しく生きられているかどうかのほうが大事だなぁ、と思ったから、どんどん買っていっちゃおう、と。

僕らみたいな人種は、他者評価に依存して生きてきてしまいがちなんだけれど、今の時代SNSみたいなものがあって、「他者から見て幸せそうなもの」(つまり、お金があるだとか、いい家に住んでるだとか、友達が多いだとか、人気があるだとか、恋人がいるだとか、結婚してるだとか)に一般の人も価値を置いてしまいそうだなぁ、と思う。

自分もそんな縛りの中に生きてきて、他者の評価に依存して生きてきて、改めて振り返ってみた時に、「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすこと」があるのだな、と気づくものだ。

 

簡単なことなのだけれど、「幸せそうに生きる」のではなく、「幸せに生きる」というのはなかなかできない。
自分のために、自分の幸せのために、素直に生きることが一番いいなぁ、と。

そこさえしっかり出来ていれば、誰かに嫉妬することも、誰かを怒ることもなく、知らぬ間に誰かを幸せにできているような、そんな生き方ができる気がする。

そんなわけで、自分で自分をジャッジできる「今」が一番幸せ。

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