目の前のことを全力で、目の前の相手に全力で

昨日は、ライブでした。
珍しくセッション形式のライブ。
今年に入ってから、サポートやセッションなど、自分が今まで避けてきたものばかりに挑戦してる。

本当は直前で告知もしたかったのだけれど、熊本での地震があり、なんだか色んなことでうら悲しくなってしまって、発言を避けていた。

仕事柄、全国を回っているから、九州、熊本にも知っている顔はあるわけで、もちろん心配はしてる。
だけど、心配を口にするのと、心で想うのと何が違うのだろう?

もちろん、ある程度公人としての立場があれば、言葉にして伝えることが大事なのだけれど、今の世の中、みんな無自覚であるけれど、1億総人口が公人になっていて、公の環境で言葉にすることにわざとらしさを感じるというか。

大切な人にだけ届くツールを使えばいいのだけれど、大切じゃない人、大切に想われていない人にも届く形を使うから、「周りから私がどう思われるか?」を含んだ言葉を発しなければいけなくなってくる。

それだけなら、まだいいのだけれど、「その発言を聴いた私は、どう思うべきか?」と言葉を与えられた側も、そんな幻の世間を意識して答えを導き出さなければいけない。

そんなこんなで、「あぁ、みんな、自分が存在しない」と悲しくなってしまったのだ。

東日本大震災の後、現地にボランティアに行かせてもらった時に出会った人と話していたら、「震災直後、何もしてあげられないし、友達と飲み明かしていたよ」と言っていた。

「悲しくなってても、何にもならないからね」
「元気にしていて、いつでも動けるようにしておくほうが大事」

と。

 

自分があれば、みんな、それぞれ正しい。
みんなの行動が正しいから、その日一日みんなが同じ行動をせずに済んで、助けが連日、数カ月、何年と続いていくのだ。

 

取り急ぎ、ここ東京は平和が流れてる。
東日本大震災の時は、「何もしてあげられない」「自分が被害を受けていない」後ろめたさに、多くの人が精神的に病んでいたけれど、みんなオシャレして、綺麗に化粧して、いつも通り何かにイライラしてる。

僕は僕で、何かあったらいつでも大切な人に元気を分けてあげられるように、目の前のこと、目の前の相手、そして何より自分を常に明るい状態に置くことを心掛けている。

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