立派で異常な若者たち

22日は大阪でライブでした。
初めてのライブハウスだったけれど、とても良い環境だった。

いつもと違う仲間、いつもと違う場所ではで過ごすと、それだけで世界を知ることができる。
自分自身を知ることができる。
 
自分は反抗期を迎えなかった少年だった。
世間的には良い子に捉えられる場面もあるが、教育学の観点からいえばむしろ異常だ。
大人になるための正しい過程を経ていない。
 
高校生、大学生の頃というのは、年相応の人間と年不相応の人間、いわゆるマセガキが一番に混在している。
 
それは、僕の時代も今の時代も変わらないなぁって思って、いや、むしろ年相応の人間が減ってきているなぁ、と思ってヒヤヒヤする。
 
自分のほうが子供だなぁと思う場面も多々あるし、そんなに無欲で大丈夫?そんなに現実を知ってて大丈夫?と思う場面がある。
 
やはり、上に話した反抗期のように、僕らにとっては扱いやすい10代、20代だけれど、欲にまみれて生きていないのは、ものを知らずに生きていないのは、異常だと思ってしまう。
 
ライブの後、夜の街に繰り出して、夜を生きる人達とたくさん出会って、あぁ、なんてまともなんだろう、と感じた。
10代、20代当時は夜の街が怖くて、夜の商売をしている人達に嫌悪があって、近づかなかったのだけれど、今この時代に俯瞰してみると、とても健全な世界に感じた。
 
熊本や大分の地震、現地に行けてないから詳しい状況はわからないけれど、被害を受けた方はもちろん、被害を受けていなくても、精神的にとても辛い状況であると思う。
 
そのことは、日本に住んでいる人ならみんな知っていて、言葉には出さなくても、行動には出さなくても、みんな傷ついている。
それで十分ではないか。
 
感情は、自ずと湧いてくる。
言葉や行動を起こすには、色んな意味でのパワーがいる。
 
「何もしてあげられない」と「何かしてあげられる」の気持ちは一緒で、「その何かを持ってるかどうか」だけの話で気持ちは同じだ。
 
物理的な行動には移せなくても、そんな人達の想いが、物理的に行動に移してくれる人の大きな力になっているのだと、僕は思う。
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