般若心経でトランス

20歳の頃、般若心経を暗記して、一日中唱えていたことがあった。
単純に仏教に興味があったのもあるのだけれど、日本人が音楽をするにあたって、アジア圏の音を学びたかったというのもある。
だから、古今亭志ん朝の落語なんかも聴いて、日本人の「間」というものを勉強したりしていた。

ロックだったり、バンド楽器ってのは西洋のものだから、一定のリズムやノリというものはやはり日本人には染みついてなくて、いくら頑張ったって本場には敵わないわけだ。
それで、日本人が勝るものってなんだろう?ってのを考えていた。

当時聴いていたのは、サンスクリット語、中国語、日本語の般若心経だけれど、それぞれの言語で全然違ったリズムがあって、とても面白かった。

そんなわけで、座禅を組みながら10分、20分般若心経を唱えていると上半身がグルグルと円を描いて回り出し、止まらなくなったのを覚えている。

音楽ってやればやるほどわからなくなって、やればやるほど日常に還っていって、「あぁ、あの時の彼女の足取りはグルーヴィーだったな」とか、「炒飯が出来上がる過程は素晴らしいメロディだな」とか。

でも、本来そうやって、音楽を感じて、表現していくものなんだろう、と思う。

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