自分というものがどれだけ自分じゃないか

自分のことをダメダメな奴と思っていて、誰かに対して羨んでいたとして、その羨んでいる相手と身体を交換しても大して変わらないだろうな、と思う。
逆に自分と体を交換したその相手は、ダメダメな生き方をしないだろうなぁ、と。

みんな、「自分」というものを漠然と持っているけれど、それは過去の経験を自分と言っているだけで、なんとも曖昧な存在だ。

価値観とは、過去の経験から生まれるもので、それが自分本来のものかと言ったら果たしてどうだろうか?

例えば、何かに挑戦して失敗した経験をすると、「挑戦すると失敗する」という自分が生まれる。
これから新しく挑戦しようと思った時に、過去の自分と今の自分とは関係ないのに、新しいものに対しても過去の自分で向き合ってしまう。

「自分はこういう人だから」

それは実は、「自分についての話」ではなく、「過去の経験についての話」でしかないものだ。

 

そんなふうに見ていくと、あぁ、多くの人達が過去の自分で現在を生きてるんだなぁ、と感じる。
過去の自分が、愛せる自分である人は良いけれどそうじゃない人はずっと、過去の自分を愛するために今を歩いている。

 

目の前の相手と話していると、そんなことを感じてる。
「あぁ、僕は過去のこの人と話してるんだな」って。

逆に、「あぁ、この人は今生まれてきたんだな」って感じる場面もある。

自分=経験じゃないってことと、自分=経験だと勘違いしてきたってことに気づくことができれば、まさに今、新しい自分が生まれてくる。

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