「オレ、アイツの友達だよ」というアイデンティティ

アイデンティティという言葉は、一般的にも使われる言葉だけれど、もしかしたら「自分らしさ」というような捉え方をしている人もいるかもしれない。

日本語でいうと「自己同一性」。
身分証明書のことを、英語でアイデンティティカードというように、自分の身分を証明するものだ。
つまり、自分じゃない。

〇月〇日生=自分、〇〇の子供=自分。
そんなふうに、自分と関連する何かを、自分と結び付けて、自分という存在を作ろうとする。
つまり、自分じゃないもののかき集めだ。

自分とは自分でしかないのに、「○○な自分」と何か形容しないと、自分を感じることができない。
だから、何かを手に入れたりして頑張るわけだけれど、結局それはただの幻であって、自分そのものではないのだ。

可愛い服を手に着れば可愛くなった気がするし、偉い人と仲良くなれば自分も偉くなったような気がするし、そうやって、自分の所有するもの、所有する感情を自分だと思いこむようにする。

別にそれは悪いことではないけれど、何かを得た時には自分を得たように錯覚するけれど、同様に何かを失った時にも自分を失ったように錯覚してしまう。

自分じゃないものを、いくら手に入れても、いつまでも自分が満たされるはずはないのだけれど、やっぱり何かなしでは自分を保てないから、数多くの「自分のようなもの」を一生かけて、人は集めていく。

スポンサーリンク

あなたにおすすめの記事