あなたのしていることは目的なのか?手段なのか?

ギターを弾かない人生。
音楽に関わらない人生。
そんなことを考える。
そんなことを考える、というのは、そんな選択肢もあるのだな、と。

大人になると、目的と手段がきっちり意識できなくなる。
意識できなくなるというよりは、自分の都合の良いようにごまかしているのかもしれない。

例えば、大学に行くという目的のために、受験勉強するという手段を取ることは、しっかり目的と手段が明確だけれど、お金を稼ぐ目的のために、仕事という手段を取っていると考えている人は少ない。
何か仕事に対して、他の意味を見出そうとしてしまう。

「好きなことを仕事にしたい」

って、ここのところよく耳にする言葉。
一見すると、好きなことが目的のように映るけれどそうじゃない。
仕事にする、つまりお金を稼ぐことが目的であって、好きなことは手段なのだ。
だから、好きなことを仕事にできている人もできていない人も、目的が「好きなことをただやる」わけではないから同様に苦しむのだ。

僕の周りの音楽を仕事にしている人達と話していると、音楽を手段としている人が多いこと気づく。
で、仕事にできている人は、その辺が明確だ。

ある人は、「目の前の人を喜ばせたい」と言う。
ある人は、「人の心を救いたい」と言う。
また、ある人は、「沢山の人と関わりたい」と言う。

それを、音楽でやっているだけで、音楽は手段だ。
で、ここを明確にしている人は苦しまない。
お金を稼ぐことが真の目的ではないから。

また、「音楽を作ること、演奏することそのものが好き」という人もいる。

本当にそうであれば、やはり苦しまない。
でも、多くの人はそう思い込みたいだけで、お金を稼ぐことを目的としているから苦しむ。
本当に「そのものが好き」であれば、その後の評価などに価値はないのだから。

みんな、この辺が曖昧になっている。

最近、「書くことは好きではないけれど、苦ではない」と感じているけれど、例えばこういう「苦ではないこと」を「好き」と呼ぶのかなぁ、と思う。

書くことそれ自体が目的であるし、書くことそれ自体が手段であるからだ。
書いている瞬間に一番重要な意味があるし、書き終わった後はもうそれは自分の下から離れている。

あなたのしていることは目的だろうか?手段だろうか?
その辺を明確にするだけで、生きるのが楽になる。

スポンサーリンク

あなたにおすすめの記事