穴があったら入れたい

机に穴があったら何となく指を突っ込みたくなるじゃない?
指の太さくらいのネジ穴があったら、何となくグリグリしてみたくなるじゃない?

でも逆に、エンピツを鼻の穴に突っ込もうとはあまり思わないし、ネジを耳に入れてグリグリしようとは考えない。

人間やっぱり、本能に支配されて生きていて、それにもっともらしい、つまりいかにも道理にかなっているかのような、つまり、人間らしい理由を付けていくからどんどんおかしくなる。

何ともまどろっこしいんだけれど、本能を道理に変換して伝えて、伝えられた側も道理を本能の部分で受け止めて生きている。

 

いろいろとたくさんの人に会ってきたけどさ、昔から「つまんねぇな」って感じる人間は変わらなくて、「モテたい」って気持ちが一番芯にない奴にはパワーがない。

どっちも世間的には、いろいろ真っ当なことを言うけどさ、本当に自分は真っ当だと思い込んでる人間と、本当は「ただモテたい」って思ってる奴とじゃパワーが違う。

結局、実際どっちが社会的に貢献したり、多くの人に希望や勇気を与えられているかっていうと、「モテたい」一心でガムシャラに動いている奴だったりする。
気持ちはどうであれ、結果はそっちだ。

社会的に立場が大きくなると、勝手にみんな聖者のような人格を期待するけれど、満腹を経験していない人間に腹八分の大事さはわからない。
そして、腹八分の重要さを伝える役目を与えられても、「一度でいいから満腹感を味わいたかった」と悔いながら人に伝えていっても、どうにもならないわけだ。

真っ当だと思い込んでいる人って、こういった欲をせき止めて生きているから、いつまで経っても枯れないわけだ。
必要とされたところへ扉を開けて、欲を流し込まないといつまで経っても枯れてくれない。

 

そんなわけで、先日も少し話したけれど、大乗仏教中観派の祖といわれているナーガールジュナ(龍樹菩薩)について語られている僕の好きな話を紹介しよう。

天性の才能に恵まれていた龍樹はその学識をもって有名となった。龍樹は才能豊かな3人の友人を持っていたが、ある日互いに相談し学問の誉れは既に得たからこれからは快楽に尽くそうと決めた。彼らは術師から隠身の秘術を得、それを用い後宮に しばしば入り込んだ。100 日あまりの間に宮廷の美人は全て犯され、妊娠する者さえ出てきた。この事態に驚愕した王臣たちは対策を練り砂を門に撒き、その足跡を頼りに彼らを追った衛 士により3人の友人は切り殺されてしまった。しかし、王の影に身を潜めた龍樹だけは惨殺を免れ、その時、愛欲が苦悩と不幸の原因であることを悟り、もし宮 廷から逃走することができたならば出家しようと決心した。

引用元:Wikipedia

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