詭弁について学ぼう1

「言われてないので、できませんでした」
なんて、特に最近の若い人がよく使うセリフ。

それに対して上司が、
「じゃ、言われればなんでもできるってことだな!」
と、言い返す。

で、同僚だったり、他の後輩と飲みに行って、「そう言ってやったら、アイツ何も言い返せないでやんの」なんて偉そうに振る舞う光景。

これって、言い返せないのは当たり前。
論理的に破綻しているから。

若い子だと自分が言い返せなかったから、ついつい上司の言ったことが正しいと受け止めてしまうことも多いと思うんだけど、論理的に考えてつじつまが合わないから脳が混乱してしまって言い返せなくなるだけなのだ。

ある程度、大人になってくると、こういう会話をしてくる人には「この人とは話しても無駄だな」と受け止めた上で何も言い返さなかったり、「その通りですね」と、話を受け流すようになるのだけれど、なかなか若いうちは真面目に会話しようとしたり、理解しようとしてしまうものだ。

実際、こういう状況は日常から多くて、特に女性の場合、こういう論理的な会話は苦手な人が多いけれど、上に挙げたような男性のほうが言いそうなセリフもけっこうあるわけで、論理的な会話をできない人がけっこう社会に多かったりする。

「言われてないので、できない」
「言われた。じゃ、できる」

っていうのは、論理学では「前件否定の虚偽」といわれる。

「自分がされて嫌なことは、他の人にもしてはいけない」
「じゃ、自分がされて嫌じゃないことは、他の人にしてもいいってことだよね?」

こんな返答は、まさに女の子が言いそうなセリフだ。
上の会話は論理的にどう成り立っているかというと、

「Aは、Bである」
「Aではない。ゆえにBではない」

となる。
これに、何か言葉を当てはめてみよう。

「ネコは、動物である」
「ネコではない。ゆえに動物でない」

となるわけだ。
こうやってみると、上の会話が詭弁であることが理解できると思う。

また、「後件肯定の虚偽」というのもあって、

「Aは、Bである」
「Bである。ゆえにAでもある」

というものだ。
例えば、こんなことを言う人がいる。

「夢を叶えた人はみんな諦めなかった。」
「だから、諦めなければ夢は叶う!」

これがいわゆる、後件肯定だ。

まだ、伝える側が論理的に破綻していたとしても、受け取る自分がそれを理解して受け流していればいいのだが、伝える側の人間は自分が論理的に破綻しているのがわからず思考しているから、こんなケースにも陥ることがある。

「私のこと好きだったら、彼は私の誕生日を祝ってくれる。」
「彼は私の誕生日を祝ってくれた。だから、彼は私のことを好きだ。」

というやつ。

例え、詭弁であったとしても、「相手を思いやる気持ち」から生まれるものであれば僕はいいと思うんだけど、それが「自分を正当化するもの」になった時、誰も救われなくなると思う。

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