親切とおせっかいの違い

結論を先に言うと、「ありがとうを求めているかどうか?」なのだけれど、本人がそれを自覚していないケースが多いので、正確に言えば「ありがとうを求めていると相手に思われているかどうか?」になる。

「ありがとうを求めているかどうか?」を別の言葉にすると、「見返りを求めているかどうか?」になるけれど、もっと分かりやすくいうと「利益を求めているかどうか?」になって、つまり「商売にしているかどうか?」ってことになる。

商売というと、金銭のやり取りを思い浮かべてしまうかもしれないけれど、何かしらの利益が発生するのであればそれは商売だ。
だから、「ありがとう」という対価をもらうことを目的としてやっているなら、それは商売と同様の「取引」という分類になってしまう。

で、どうして金銭の発生しない取引になると上手くいかないかというと、まず上に挙げた「本人に自覚がないこと」、それに「後払いになること」「プロとしての技術がないこと」が考えられる。

「後払いになること」というのは、僕たちが日常経験している取引というのは同時であることが多いということ。厳密にいえば、むしろ先払いだ。

例えば、コンビニでおにぎりを買う時。
おにぎりをレジに差し出して、「○○円です」と言われて、お金を払う。
お金を先に払う。その後、おにぎりをもらうことができるわけだ。

例えば、電車に腰の曲がったおばあちゃんが乗ってきたとする。
座っている僕は席を立って、おばあちゃんに譲る。
すると、おばあちゃんが「ありがとう」と言う。
上と比べると、僕は「席を譲る=おにぎり」を「ありがとう=お金」をもらう前に先に渡してしまっている。
先にサービスを提供していて、未収金の時間が続くからイライラしてしまうわけだ。(もちろん取引でなければ何とも思わないが)

取引にするなら、おばあちゃんが「席譲ってくれるのかい?ありがとう」と先に声を掛けてくれれば真っ当だ。
僕は、何の不満も後に残らず、喜んで席を譲る。

「プロとしての技術がないこと」というのは、プロとしての技術がないのにそれより多くの利益を得ようとするということだ。
僕の読者は音楽好きが多いから、音楽で例えるが、例えば誰かのライブを観に行ったとしてチケット代が2500円だったとする。
だけど、あまり楽しくなくて損した気持ちになってしまうことがあるはずだ。
つまり、2500円相当、またはそれ以上の満足度が得られなかった時だ。

これも金銭を先に払っているから、次から自分が見に行かなければいいのだが、ライブを先に観せられた場合はどうだろう?
ライブを勝手に観せられたにも関わらず、2500円を要求してくる。
仕方なしに2500円を払うと、バンドは味を占めてまたあなたにライブを見せてくるわけだ。

これが、おせっかいの原理になるわけだ。
あなたが「2500円=ありがとう」を言ったが最後、相手は味を占めて「ありがとう」を何度ももらいに来るわけだ。

バンドが趣味で、ライブをすることそのものが目的であればこんな問題は発生しないのだが、ライブを手段として、利益を得るという目的があるとこういう状況に陥ってしまう。

 

ちなみに僕は、末っ子でしかもおじいちゃん子という感じで、甘やかされて育ってきているから、この辺のことに普通の人より敏感だと思う。
つまり、「親切にしてもらうのが当たり前」の環境に育ってきているから、「ありがとうを求めて行動する人」っていうものにすぐに違和感を覚えてしまうのだ。
そして、当の本人が「ありがとうを求めていること」に気づいていないケースが多いことにも当初は大変驚いたものだ。

で、実際、どっちに「ありがとう」を伝えるかというと、「ありがとうを求めていない人」になってしまう。

建て前で言わざるを得ないケースは多々あるけれど、上のバンドの例で示したように「ありがとうを求める人」に「ありがとう」を言ってしまったら、その人に接触する度に2500円を搾り取られていくわけだから何とも心苦しい。

 

人に何かを与えようと思った時、「ありがとうが目的」のものはしないようにし、「行為そのものが目的」のものだけに絞って行動するのが賢明だと僕は思う。

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