知識、常識、良識のどれで生きるか?

知識とは、経験や学習で得た事柄のこと。
常識とは、共通の知識から得られる事柄や判断。
良識とは、常識により知的で高度な判断が加わったもの。

多くの人が、常識にコントロールされて生きている。
それは、僕もそうだ。

「それって常識」
「普通、こうするよね?」

そんなふうに訴えられかけた時、そんなふうに言ってしまった時、一言問うてみる。

「どうして、それが常識なんですか?」
「どうして、普通、こうするんですか?」

その問いに対して、明確な理由が説明できない場合がある。

「常識って言ったら常識なの!」
「だって、みんなそうしてるし」

なんて、昔、母親に「ダメって言ったらダメ!」と腑に落ちないままに言うことを聞かなければいけなかった悲しさを思い出す。

そう、多くの常識は、この「ダメって言ったらダメ」で成り立っていて、腑に落ちないながらも受け止めて、「ダメって言ったらダメ」と自分や相手にそのまま伝えていってしまっているのだ。

学生時代、校則に色々疑問があって先生に質問した。

「どうして髪を染めちゃいけないんですか?」
「どうしてピアスを開けちゃいけないんですか?」

と聞くと、

「学校のイメージが悪くなるから」
「他の生徒にも悪い影響を与えるから」

と答えられ、

「どうして学校のイメージが悪くなるんですか?」
「どうして他の生徒にも悪い影響を与えるんですか?」

と問うたら、

「見た目で判断する人がいるからだ」

と答えられ、

「なるほど!この学校は人を内面ではなく、見た目で判断する人のことを重視するんですね!」

という結論に至ってしまい、なんとも腑に落ちなかった。

そう、結構昔からよくわからない常識に囲まれて生きてきたのだけれど、大人になっていくと、こんなふうに問うて問うて問いまくるということを自分にも他人にもすることが面倒になってしまい、いつしか常識の下に自分が配置されてしまっている。

本来、自分の中で明確な理由と信念を持った「良識」で行動したいものだが、ついつい常識の範囲内で自分にも他人にも何かを要求してしまう。

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