挨拶もできないヤツはきらい

なんて人、けっこういると思う。
挨拶は、社会の常識だと思うしね。

でも、僕はきらいじゃないよ。
どうしてって、挨拶できない人だから(笑)

といっても、前よりはマシになったと思うけれど、先輩には尊敬や敬意がある分、緊張したり畏れ多く感じてしまって、上手く言葉が出てこなかったり、声が小さくなったりしてしまって、相手に分かるか分からないかくらいの軽い会釈になってしまうことがある。
相手の年齢が上であるほど、その傾向が強い。

そんなわけで実際、「挨拶くらいちゃんとしろ!」とか「声がちいさい!」とか怒られたりもするんだけれど、怒られるほどに上手く挨拶できるか不安になってしまって、余計縮こまってしまったりする。

まぁ、常識だから怒られて仕方ないんだけれど、そんな挨拶のできない僕の交友関係って、けっこう家柄がいい人だったり、はたまた不良っぽいヤンチャな人だったり、どちらも挨拶をとても大事に重要視する人達だったりする。

で、そんな人達を見ていると、前回話した「常識」「良識」の「良識」のほうで生きている人だからなのかなぁ、と思う。

挨拶のような当たり前の常識の中では、ついつい型が重要視されてしまう。
つまり、どういった気持ちで挨拶するかより、どういった形で挨拶するかが見られてしまうということだ。

例えばお店に入って、「いらっしゃいませ~」と言われて、「本当にいらっしゃいと思ってるの?」、「ありがとうございました」と言われて、「本当にありがとうと思ってるの?」と感じてしまうような生気のない言葉を受け取ることがあるけれど、まぁ、最低限そういう言葉を発していればギリギリセーフなわけだ。

で、そんな僕の友人達は、もちろん型もしっかりしているのだけれど、型よりも心を重視する人達なのだなぁ、と思う。
「敬意を払っている振る舞い」ではなく、「敬意を払っている心情」を読み取ってくれる。

たぶん、多くの人がそうだと思うんだけれど、20歳そこらくらいから精神年齢ってほとんど変わってないように感じてたりする。
でも、確実に歳は重ねていて、年下との付き合いができ、先輩になっていく。

だけど、そんな20歳そこらの年齢の気持ちで、そう本人としては軽い気持ちで「こういうことはダメだよ」とか「軽く飲みに行かない?」とか誘ったら、年下のほうからすればけっこう怖いもので軽い気持ちには受け取れなかったりする。

自分が経験してきたことを、ちゃんと忘れず相手に伝えたり、接したりできなきゃなぁ、と思う。

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