宛先のない手紙

「過去の恋人と縁が切れないのはめずらしいこと」って言われるけど、たまたまそういう相手と付き合ってきたんだろうと思う。
縁が切れないといっても、連絡を取ったり会ったりするのは数年に一度のことで、ちゃんと二人の距離感は変わっている。

だけど、その子に何かあったタイミングで、例えばブログを覗いたり、何もなくてもふと思い出して近況を一方的に調べたり、また誰かに何となくその子の話題を出したことが届いていたり、その逆もあったり。

そんなふうに、お互いに、宛先のない手紙を勝手に読み合っているんだと思う。

「今まで付き合った男の中で一番好きになった人だった」と、そんなふうに思われたいのが男の身勝手さだけれど、そう願いながら自分も新しく恋をしているわけだから、そんな願いはきっと叶わないのだな、と切ない気持ちになる。

彼女が、最後に僕とデートした場所がどこだったか覚えていないことを知ると、それは僕も同じで覚えていないから、あぁ、ちゃんと愛し合えていたんだなって思う。

これは、いつも思うことだけれど、「どうして別れてしまったんだろう?」って思う。
上手くいってたか、上手くいってなかったかは、僕の問題で、僕個人が上手くいっていないことを恋人のせいにして、そんな自分の非力さを、不甲斐なさを、恋人のせいにして、投げ出してしまうんだろうと思う。
恋人がいようがいまいが、僕自身の問題で、恋人の存在は何も関係ないのに。

過去の恋人は、みんなずば抜けて美しい人だったけれど、そこに優劣があるのか?と言ったら難しくて、それは好きになった気持ちの優劣ではなくて、思い出のインパクトの優劣はあるのかもしれない。

みんな違う顔をしていて、みんな違う性格をしていて、だから比べることができなくて、それは救いだなって思う。

最近は、少し頭が良くなって、自分がこんなふうに考えてることを相手も考えているのかなって想像力がついた。
男と女じゃまた違うのかもしれないけれど、そうかもしれないと考える想像力がついた。

例えば、過去の恋人にばったり会った時に、変わらず素敵な人だと思われたいわけだけれど、社会的に輝いていようが、落ちぶれていようが、あの時語っていた夢と同じ道を進んでいようが、違う道を進んでいようが、どんな姿であってもきっと変わらず素敵な人だと思うから、ちっぽけなことだと思う。

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